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八幡の高炉が消えるそうですね

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 6月1日に若松の高塔山から戸畑を眺めて  一基しかないものの熔鉱炉(高炉)のある製鉄所も俯瞰してきました。 (高塔山展望台からの眺め) その高炉が2030年に休止し、電炉になるそうです。 私が八幡製鉄(株)に入社したころは八幡・戸畑に熔鉱炉が林立し  戸畑には最新鋭の高炉が3基も稼働していました。 (もちろんスモッグ・粉塵もい~っぱいでしたが・・・) 入社したころは熔鉱炉近くで作業していたので懐かしい場所です。 1965年8月 戸畑区牧山3丁目あたりから 戸畑の街と工場の俯瞰です。 (『かすみ除去』で彼方の高炉が出ました(^^ゞ ) 1772年8月 夕暮れの小倉北区西港あたりから 4基並んだ戸畑の高炉群を遠望。 (1高炉は休止していたかもしれませんが…) そんな話も遠い昔話。 製鉄所のシンボルの高炉が無くなるのはさみしい限りです。

免許更新が近づいたので

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 今年の暮れには免許の更新があるので  まずは7月に『認知機能検査』を受けた。 前回は84点。 今回はそれ以上を目指していたのけれど・・・ 前回より3つ年を取っているので2点下がったのは仕方がないかな~。 8月には自動車学校で『高齢者講習』をうける。 実技は前回あった車庫入れもなく。車線変更や停止位置を守り  「よくできました。OKです!」 最後に動体視力や夜間視力などを検査した。  が 通常の 視力検査 がなんと 0.6 しかないという。 ウソッ! 長年、白内障で眼科にかかっていたが、裸眼で0.8以上あり生活に支障はなく 手術もしないで過ごしてきた。 それでも昨年、院長先生から      「あなたも持病が増えてきているようだから、      いざ手術が必要になった時に手術できなくなっているかもしれないよ。      そろそろ手術をしてみたら?」 ということで8日間の入院で両目の手術を受けた。 ああ…それなのに・・・なぜ? たしかに今回の視力検査の照明は暗かった。 なにはともあれ、眼科に行ってみた。 すると 視力はやっぱり0.8以上ある。 診察でも目の異常は見当たらないという。 先生から 「大丈夫!」 とお墨付きをもらう。 「ただし、絶対大丈夫、とまでは保証できない。体調にもよるので調子のよいときに行ったほうが・・・」 更新までまだ3カ月ほどある。 眼科に通いながら目の調子をうかがってみよう 昭和39年ころ北九州八幡の自動車専門学校に通っていましたが 仕事の都合で法令・構造の単位が取れていなかったので 途中で小倉、北方の「北九州試験場」で受験したところ すべて合格してしまいました。 めでたしめでたし!

もうすぐ山の日

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 8月11日は山の日 でも 山登りが好きだった私も今ではご近所の小高い丘でも登る体力はない。 2019年秋に赤川からの久住山が最後の登山。 それ以来持病が次々に増えてゆき 登山靴やハイキングシューズは下駄箱の飾りとなっていた。 家族からは 『不要なものは捨てましょう!』 の声がかかりはじめる。 そこで最近になって 涙を呑みながら  悔みながら   歯ぎしりをしながら    重~い重~い腰を上げて とうとう登山靴とお別れした。 (ハイキングシューズや登山靴) 長年お世話になったお礼をつぶやいて・・・

鉄道開業150年

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 今年は鉄道開業から150年だとか。 若いころ、鉄道といえば蒸気機関車かディーゼルカー。 どちらも煙や匂いで嫌でしたね。 でも昔の写真を探してもSLの写真はほとんどない。 私の住んでいる鹿児島本線北部の電化は昭和36年からのようですし… また 私の若い頃は写真といえば皆で集まり記念写真がもっぱら。 安月給の会社員にとって風景や列車を撮る余裕はあまりありませんでした。 その中で何枚かあるSL(?)の写真の一枚です。 昭和43年10月のころの津和野にて… 朝の津和野城址から見下ろすSL…の煙!

硬貨の預け入れは手数料が…

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  「ゆうちょ銀行では、17日から硬貨で預け入れや振り込みをする際、硬貨の種類にかかわらず、枚数に応じて手数料がかかるようになりました。」 ということを先月知りました。 他の金融機関ではすでに導入されていたとのこと。 それを聞いた家内は、100円玉以下の硬貨の貯金は止めて、500円玉だけ残すようです。 私が子供の頃、貯金は 美徳 でした。 といっても、母子家庭の我が家では貯金などできなかったですが… 昭和29年頃のある日 母が「市場で買い物をして1円玉が残ったらあげるから、貯金をしなさい。 550円貯まったらカメラを買えば?」 当時、子供用に550円の《スタートカメラ》というものがあり、市場の近くのカメラ屋のショウウィンドウに飾っていました。 私はそれをいつも欲しそうな顔で眺めていました。 550円貯まるのはいつごろになるのかな? それよりも親は郵便局で貯金しなさい! と言っている。 1円を預かってくれるのかな? 1円玉が何円か集まって、恐る恐る近くの郵便局に持って行ったところ 郵便局では簡単に通帳を作ってくれました。 カメラを買えるまでどのくらいの期間かかったか覚えていませんが、昭和30年の小学校の修学旅行には間に合った様です。 そのカメラ、私の記憶では  ファインダーは枠があるだけ  シャッタースピードは一定  絞りは板に何個かの穴が開いて、「快晴/晴れ/曇り」を切り替える ようになっていたようと思います。 しばらくは遠足などに持って行っていましたが、中学3年ころになると二眼レフカメラなどを持ってくるものが現れ、さすがにスタートカメラの出番はなくなってきました。 最近「貯金は美徳ではない」と聞こえます。 私は今では 100円以下の硬貨を貯めることはやめましたが、500円硬貨は貯金箱に入れることがあります。 美徳 を云々するような額ではないです・・・ネ。 スタートカメラのフイルム 関門国道トンネル(スタートカメラにて…1958年5月ころ)